向井時雨のあまごい。

mukaisigure official website

電車の座席が空いている

すっかりお正月も終わりましたね!

ということで普段は会社に電車で出勤しているわけですが・・・

 

目の前の座席が空いているのです。

 

 

しかし・・・

 

座るのがキツい!

 

実はお正月に尾骶骨の辺りを痛めてしまって、座ったり立ったりする動作がしんどいんですよね 笑

 

それだけだと「だからなんだ!」って話なんですが、普段から些細なことに学びを感じて生きている時雨さん的にはここで学びがありました。

 

まず電車での立ち位置について。

 

電車が空いていたらどこに居ようが問題ないと思いますが、座席が埋まっていてまぁまぁ立っている人が多い状況では話は別です。

 

乗車口の両サイドにある手すりにもたれ掛かるスタイルは、どうしても出入りする部分の横幅が狭まるためあまり好まれません。

というか乗車口辺りの空間はどこも不安定だったり邪魔になったり必然的に座席に座るか座席の前に立つのが基本になります。

 

今までは目の前の座席が空いたら近くにお年寄りがいない場合、基本的には座るスタイルでいました。

もしくは次の駅で降りるから座りたくない場合でも両サイドの人が座る素ぶりを見せなければ誰も前の座席には座らず逆に迷惑なので座る様にしていました。

 

しかし!

 

そもそも腰痛などで座るのがキツい状態でこの状況は想定外でした。。。

ちなみにその時はしぶしぶ不審な動きをしながら痛みに耐えて座りました。

今思えば周りの方に「腰痛くて座れないのでどうぞ〜」とか言えば良かったんでしょうけど。

 

で。

 

何が言いたいかと言うと。

 

「そういった事実を知らずに見た人からどう見えるか」

 

ということなわけです。

 

今回は座りましたけどもし本当に痛くて座れないしシャイな人だったら「電車混んでて目の前の座席が空いてるのに次降りるからか知らんけど頑なに座らない自己中な人」に見えると思います。

 

もちろん思慮深い方や心優しい方は「何か理由があるんだろう」と思う方もいるかもしれませんし、こんな考え方自体を考えすぎと思う方もいると思います。

 

でもこれが別の状況や内容だった時、果たして想像力豊かに裏の事情を読むことができるだろうかと。

たとえば冤罪、炎上、喧嘩。

週刊誌であたかもあったかのように報道している記事の話はよく聞くと思います。

判断は読者に委ねるスタンスなのかもしれませんが、明らかにショッキングなタイトルで印象操作される様な内容です。

 

SNSで「電車混んでて目の前の座席が空いてるのに次降りるからか知らんけど頑なに座らない自己中な人おるねんけど!💢」とツイートしようものなら、その人の裏事情は更に見えにくくなりそれを見た別の人は正義を胸に悪だと思い込みながらRTしてしまうと思います。

 

また経験上ですが、見えている材料を元に悪いように料理されネガティブな意見が多くなり、かつ目立ちます。

「もし〇〇していたらひどい」

「どうせ〇〇しているだろう」

そんなありもしない妄想や邪推は本当に多く、誰かの悲しみを生むことになります。

 

その標的がいつ自分や親しい人に向けられるかも知らず、「関係ない」「面白ければ」「大げさ」そんな言葉でなんとなく悲劇に加担している。

 

もちろん勘違いする時はしますし、間違う時は間違います。

全てのことにそんなことを考えていたら疲れてしまうという方もいるでしょう。

 

ただ両手を上げて考えることを放棄し、面白おかしく生きる。

そんな生き方は男としてしたくない。

 

電車の座席が空いているだけで、そんな事を考える人生も楽しいですよ。

 

ちゃんちゃん。